両親に勧められて、子どもを連れて実家に戻ったそうです。
「ひとまず、こっちにいなさい。」
離婚の話は、もう出ていました。
財産分与のこと。
養育費のこと。
「ちゃんと決めよう。」
そう話したまま、その先には進んでいませんでした。
実家での暮らしは、思っていたより静かでした。
両親が子どもを見てくれる日がある。
食事が用意されている日もある。
何かを急いで決める必要はありませんでした。
そのうち連絡するだろう。
向こうから連絡が来るだろう。
そう思っているうちに、時間だけが過ぎていきました。
カレンダーを見ても、実家に戻った日しか分かりません。
そこから何ヶ月経ったのかは、その都度、数え直さないと分かりませんでした。
まだ、何も決まっていないままです。
ある日、実家の一室に、子どもの勉強机が置かれました。
教科書が並び、ランドセルの場所が決まり、その部屋はいつのまにか「子どもの部屋」になっていました。
その方は言いました。
「決めていなかったのは、離婚のことじゃなかったんですね。」
少し間を置いて、続けました。
「ここでの暮らしが、もう先に形になっていたんだと思います。」
財産分与のこと。養育費のこと。
その先に進む日は来ませんでした。
決められなかったからではありませんでした。
決めなくても、暮らしが続いていたからでした。
困っていない状態には、期限がつきません。
期限のない状態は、そのまま続いていきます。
でも、
一度、財産分与のこと。養育費のこと。これからの連絡のこと。
紙に書き出していきました。
そして、必要な手続きとして、公正証書を作り離婚しました。
暮らしが先に形になっていたために、決める必要が後から遅れてやってきた状態でした。
その遅れてきた必要だけを、最後に形にしました。
名もなきものは漂います。
名を持つことで鎮まります。
書が、それを綴じる。
