「離婚したい。」
そう思ってから、何年も経っていました。
夫婦の会話はありません。
怒鳴り合いになるわけでもありません。
暴力もありません。
ただ、話ができませんでした。
離婚の話をすると、相手は黙る。
数日後には何事もなかったように振る舞う。
また話をすると、不機嫌になる。
その繰り返しでした。
「離婚したいなら、そう言えばいい。」
周囲はそう言いました。
でも、そういう話ではありません。
言えないのではなく、話にならない。
話し合いにならない。
だから、何年も時間だけが過ぎていきました。
ある日、その方が言いました。
「離婚したいんです。」
「でも、本当は離婚の話をしたいんじゃないんです。」
「このまま何も決まらないまま年を取るのが怖いんです。」
離婚そのものが怖いのではありません。
終わりが見えないことが怖かったのです。
そこで、何を決めるのかを整理しました。
離婚するかどうか。
家をどうするか。
お金をどうするか。
子どものことをどうするか。
今決めること。
後で決めること。
決めなくていいこと。
混ざっていたものを分けていきました。
すると、少しずつ話が動き始めました。
最終的に離婚協議書を作りました。
公正証書にもしました。
何か特別なことをしたわけではありません。
決めることを決めた。
残すことを残した。
それだけです。
書は、人が次へ進むためにあります。
終わったことを終わったものとして置くためにあります。
名もなきものは漂います。
名を持つことで鎮まります。
書が、それを綴じます。
