離婚届は出しました。
財産分与はしませんでした。
養育費も決めませんでした。
「相手にお金がないから仕方ない。」
そう言って終わりにしたそうです。
周囲から見れば、離婚は終わっていました。
しかし本人だけは終わっていませんでした。
元夫の話になると苦しくなる。
新しいことを始めようとしても、なぜか前を向けない。
「もう終わった話なのに。」
そう言いながら、終わっていませんでした。
ある日、その方がこう言いました。
「お金が欲しかったわけじゃないんです。」
「苦しかったことを分かってほしかったんです。」
「謝ってほしかったんです。」
でも、その人はもう亡くなっていました。
今から離婚協議書は作れません。
今から何かを決めることもできません。
ただ、思うことがあります。
あのとき、財産分与がなくてもよかった。
養育費がなくてもよかった。
それでも、「これ以上、お互いに請求しない。」
その一文だけでも書いておけばよかった。
清算条項の一文です。
紙一枚です。
たった一行です。
それでも、人は「終わった」という線を引くことができます。
離婚協議書は、お金のためだけに作るものではありません。
公正証書は、相手を縛るためだけに作るものでもありません。
決めたことを残す。
終わったことを終わったものとして置く。
そのために書があります。
後になってからでは、書けないことがあります。
だから、決められる時に決める。
書ける時に書く。
それは相手を縛るためではありません。
自分が次へ進むためです。
名もなきものは漂います。
名を持つことで鎮まります。
書が、それを綴じます。
