財産分与と慰謝料
相手方の有責行為により、やむなく離婚に至った場合、その精神的苦痛について慰謝料の請求が認められます。(最判昭31.2.21民集10巻2号124頁)
財産分与と慰謝料の関係
慰謝料と財産分与との関係について、最高裁は、財産分与は夫婦財産の清算と離婚後の扶養を目的とするものであり、「分与を請求するにあたりその相手方たる当事者が離婚につき有責の者であることを必要とはしないから……慰謝料の請求権とはその性質を必ずしも同じくするものではない」としました。
そのうえで、財産分与後に別途慰謝料請求をすることを妨げないとしています。また、財産分与に損害賠償の要素を含めることもできますが、それを含めた趣旨と解せられないとき、または含めたとしてもその額および方法において精神的苦痛を慰謝するには足りないと認められるときには、財産分与を得ていても、別個に慰謝料を請求できるとしています。(最判昭46.7.23民集25巻5号805頁)
学説は、有責性を問題にするかどうかで、清算・扶養と慰謝料の性質が違うことから、財産分与を清算・扶養に限定する立場と、紛争の一回的解決をめざして清算・扶養・慰謝料の三要素をすべて含むとする立場に分かれてきました。
判例は、限定説に立ちつつ、包括説的な扱いも認めるという柔軟な解決をしてきたといえます。
・夫婦財産の清算と、夫の有責性を慰謝料的要素として考慮したうえで、不動産についての夫の共有持分を全部妻に分与した例(大阪家審昭62.7.17家月39巻11号135頁)
・妻が支払うべき慰謝料について、婚姻中に形成した5筆の不動産についての財産分与の裁判中で、夫の取得分に慰謝料の性質を有する分与分を加える方法により決するのが相当であるとした例(東京高判平8.12.25判夕965号226頁)
慰謝料の請求方法
慰謝料請求については、離婚訴訟と併合請求することができます。(人訴17条1項前段)
また、離婚訴訟の係属中に訴えを変更して、慰謝料請求を追加することもできます。(同17条2項)
離婚成立後に慰謝料請求をする場合は、慰謝料請求の調停を申し立てることもできますし、地方裁判所に提訴することもできます。
離婚後、財産分与とともに調停申立てをする場合、財産分与と慰謝料は2件の事件として立件します。調停が不調になった場合、財産分与請求事件は審判に移行しますが(家審26条1項)、慰謝料請求事件は訴訟事項であるため、審判には移行しません。
そのため、慰謝料については、別途、地方裁判所への提訴が必要になります。
財産分与審判事件で財産分与に慰謝料を含めて判断するためには、申立人に釈明し、慰謝料を含めて財産分与を請求するのかを、手続上明確にする必要があります。(大津214頁)
ただし、当事者が有責性を争っている場合には、訴訟手続による方が適切であり、財産分与審判の中で慰謝料を含めて判断することが適切ではない場合もあります。
離婚による慰謝料
慰謝料の内容
離婚慰謝料には、離婚原因となった個別の有責行為、たとえば暴力、不貞、悪意の遺棄などから生じる精神的苦痛に対する慰謝料と、離婚そのものによる精神的苦痛に対する慰謝料があるとされています。
前者は、離婚原因に基づく慰謝料です。
後者は、離婚自体慰謝料です。
判例は、この2つを必ずしも明確に区別せず、一括して処理しています。(鈴木53頁)
離婚自体から生じる慰謝料は、離婚が成立した時点から発生します。また、慰謝料の消滅時効について、損害は離婚が成立して初めて評価されるとして、離婚成立時から進行するとする判例があります。(最判昭46.7.23民集25巻5号805頁)
この判例との整合性を考えると、遅延損害金の起算日についても、離婚成立時、すなわち離婚裁判確定時とする解釈が成り立ちます。(大津227頁)
一方、離婚原因慰謝料の遅延損害金の発生時は、訴状送達の日の翌日からとされます。ただし、両者を明確に区別しない場合は、判決確定の日の翌日からということになります。(判例23・159頁等)
慰謝料額の動向
どのような有責行為や損害がある場合に、どのくらいの金額の慰謝料が認められるかについて、客観的な基準を見出すのは難しい問題です。
離婚に至る経過は、事案ごとに異なります。
少し古い資料ですが、判例を網羅的に検討した研究によれば、慰謝料の相場のようなものがあることも事実です。
1976年(昭51)から1978年(昭53)6月までに、東京・大阪・名古屋の3庁で認容された離婚による慰謝料の平均額は、東京200万円、大阪189万円、名古屋150万円でした。また、500万円で頭打ちになる傾向がみられました。(大津12頁、20頁)
1980年(昭55)から1989年(平元)までの東京地方裁判所の対席判決301件では、慰謝料の平均額は190万円でした。最も件数が多いのは、200万円を超え300万円までの範囲です。
ただし、財産分与の認められていない事案で慰謝料が認められた117件の場合には、平均額は270万円に上がっています。(鈴木眞次「東京地裁離婚判決(昭和55年から平成元年まで)にみる離婚給付の額・方法と決定基準」判夕788号7〜8頁)
通常の例での最高額が500万円であるのは同様であり、32件ありました。それ以上の額が認定された特殊例は8件にすぎませんでした。
このように見ると、裁判所は離婚慰謝料の増額に慎重であることが分かります。
その後、こうしたまとまった研究はありませんが、離婚慰謝料の相場に大きな変化はみられないようです。
慰謝料額で考慮される事情
判例は、慰謝料の額について、双方の有責性の程度、婚姻期間、当事者の年齢、未成年子の有無、経済状態、財産分与による経済的充足があるか、離婚に至る一切の経過等を考慮して判断しています。
どの要素でどのくらいの額を認めるのかについて、客観的な計算基準はありません。
ただし、おおまかな傾向として、次のようなことがいえます。
・有責性が高いほど高い
・精神的苦痛や肉体的苦痛が激しいほど高い
・婚姻期間が長く、年齢が高いほど高い
・未成年子がいる方が、いない場合よりも高い
・有責配偶者に資力があり、社会的地位が高いほど高い
・無責の配偶者に資力がないほど高い
・財産分与による経済的充足がある場合には低くなる傾向がある
有責性については、有責性の小さい方から大きい方への慰謝料請求も認められます。
・双方に有責性があるが、妻が夫の職場に対して非難の電話、訪問等をした行為が異様の感を与えるほど執拗、激越であり、妻の責任が若干重いとして、妻に慰謝料100万円の支払いを命じた例(東京高判昭58.9.8判時1095号106頁等)
また、請求する側が婚姻の継続の努力を怠った場合には、慰謝料が減額されることがあります。
・別居が34年、別の女性との同居が23年に及ぶ有責配偶者からの離婚請求の事案で、夫の悪意の遺棄、不貞行為などについて、妻が「夫の行動を防止ないし解消するための積極的な措置を殆んど取らなかったこと」が考慮され、夫について慰謝料を300万円とした例。ただし、夫が妻に贈与した土地が7300万円に値上がりしていることも考慮されています(浦和地判昭60.11.29判夕615号96頁)
・妻が夫の不貞を疑い、夫はこれに腹を立てて暴力を振るったため、婚姻後4か月で別居し、10年が経過した事案で、「困難を克服して夫婦生活を築くべき婚姻生活の当初に、その努力を放棄した一半の責任は妻にも存する」とし、夫について慰謝料30万円とした例。財産分与は10万円(東京高判昭50.6.26家月28巻4号85頁;判時790号60頁)
有責配偶者の資力については、請求する側の充足感や、有責配偶者への慰謝料の制裁的意味等が考慮され、資力が高いほど慰謝料は高くなる傾向があります。
逆に、義務者の資力を考えて減額した例として、夫が肺結核療養中で十分な収入を得られない実情にあることを考慮して、慰謝料30万円とした例があります。(前掲東京高判昭50.6.26)
離婚原因と慰謝料額
慰謝料が認められる有責行為の具体例と、その金額を紹介します。
不貞行為
高齢者の離婚で不貞を原因とする場合は、高額の慰謝料を認める例があります。
・同居期間12年、別居期間36年、夫が別の女性と暮らしている事案で、慰謝料1500万円とした例。財産分与は1000万円(判例23・159頁)
・同居期間38年、別居期間17年、夫が別の女性と暮らしている事案で、慰謝料1000万円とした例。財産分与は1200万円(判例20・126頁)
・夫の度重なる不貞行為と暴力が原因で婚姻関係が破綻したが、夫に多額の財産があり、財産分与として1億円と5000万円相当の不動産の分与が命じられたほかに、慰謝料1000万円を認めた例(横浜地判昭55.8.1判時1001号94頁)
しかし、一般的には、慰謝料が500万円を超えることはまれです。
・不貞行為をした妻から、これを疑い暴力を振るった夫に対する離婚請求を認めた事案で、妻に200万円の慰謝料を命じた例。財産分与は700万円(東京高判平3.7.16判時1399号43頁)
・16年間の婚姻生活中、次から次へと数人の女性と婚外関係を繰り返していた夫について、300万円の慰謝料を認めた例。財産分与はなし(東京高判昭55.9.29判時981号72頁)
暴力・悪意の遺棄
・夫が収入を自分の酒食や女遊びに浪費し、妻に対してほとんど毎日のように暴力を振るい、頭髪を引っ張る、手拳で殴打する、足で蹴る、下駄で頭を殴ってかなりの裂傷を負わせる、出刃包丁で手指などを切りつける、薪割りやスコップを振り上げて追いかけ回す等をした事案で、夫について慰謝料500万円を認めた例。財産分与と合わせて、時価約1000万円の土地・建物の分与を認めています(大阪家審昭50.1.31家月28巻3号88頁)
・夫が妻の男性関係にあらぬ疑いを抱き、夫の母も嫌がらせ的な言動に出て、妻に家を出るよう強要し、婚姻後6か月で別居したが、妻が離婚に同意しないことから、妻方に執拗に嫌がらせの電話や手紙を繰り返し、妻の父母を相手取って、言いがかりとしかみえない訴訟を提起したりした事案で、夫について慰謝料500万円を認めた例。婚姻期間は8年。財産分与はなし(東京高判昭54.1.29判時918号71頁)
・暴力・悪意の遺棄をした夫について、慰謝料300万円を認めた例。財産分与は640万円(浦和地判昭59.9.19判時1140号117頁)
・不貞の証明はないが、夫が女性に金員を送る行為などがあり、悪意の遺棄をした事案で、慰謝料500万円を認めた例(東京地判昭60.3.19判時1189号69頁)
・些細なことで殴る蹴るの暴力を振るった夫について、慰謝料400万円を認めた例(横浜地判平9.4.14家月50巻7号90頁)
・夫の激しい暴行や他人の人格を顧みない行動について、慰謝料400万円を認めた例(東京高判平10.2.26家月50巻7号84頁)
・夫の度々の暴力により、妻が右鎖骨骨折、腰椎椎間板ヘルニアの障害を負い、運動障害の後遺症が残った事案で、離婚による慰謝料350万円のほかに、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、逸失利益として合計1714万円の損害賠償金を認めた例(判例24・160頁)
扶助・協力義務違反や自己中心的な行為
・姑が妻をいじめている場合に、夫はこの障害を取り除いて円満を図るべきだとして、1年で破綻したが、夫の5か月分の収入に当たる10万円の慰謝料を認めた例。財産分与は5万円(名古屋地岡崎支判昭43.1.29判時515号74頁)
・婚姻期間3年で、夫が仕事熱心のため帰宅が遅く、夫婦の会話に時間を割かず、円満な家庭を築く夫の努力不足が破綻の原因とされ、100万円の慰謝料を認めた例。財産分与はなし(東京地判昭56.9.16鈴木56頁)
・年間に数えるほどしか掃除をしない、火災が怖くてストーブをつけられない、年収が600万円から700万円ほどあるのに子どもの習い事に年400万円を浪費するなど、非常識な行為をする妻に、200万円の慰謝料の支払いを命じた例(大阪地判平13.7.5法教252号175頁)
不利益な事実の不告知
一般的に、婚姻の際に自己の不利な事情を告げなかったとしても、それだけで不法行為になるわけではありません。
しかし、婚姻の決意を左右する重要な事実について、虚偽を積極的に告知した場合は、信義則上違法と評価されることがあります。
夫が婚姻前2年間は安定して職業生活を続けていたため、婚姻前にうつ病であることを告げなかったとしても、そのこと自体は不法行為にはならないとされました。しかし、妻から追及されたのにひたすら隠し続け、婚姻生活を破綻させる行為に出たことは、夫婦間の協力義務を故意に怠ったものとして不法行為に当たるとされました。両当事者の資力と社会的地位を考慮し、夫に1000万円の支払いを命じています。(東京地判昭61.8.26判時1271号83頁)
性交渉拒否
性交渉の拒否については、拒否につき正当な理由がなく、それが原因で婚姻が破綻した場合には、慰謝料が認められます。
婚姻生活における性関係の重要性から、婚姻に際して性的不能を告知しないことは、信義則違反であるとされます。(京都地判昭62.5.12判時1259号92頁)
・夫がポルノ雑誌に異常な関心を示して自慰行為に耽り、妻が性交渉を求めたのに拒否したことなどについて、夫について慰謝料500万円を認めた例。財産分与は1000万円(浦和地判昭60.9.10判夕614号104頁)
・夫は新婚旅行中から妻の体に一切触れようとせず、性交渉が皆無で、新婚1か月半で妻が肉体的・精神的に疲れきって実家に帰った事案で、夫について慰謝料100万円を認めた例(横浜地判昭61.10.6判時1238号116頁)
・夫が性交渉に無関心で、交渉のないまま、婚姻して1か月足らずで別居・離婚した事案で、妻は結婚退職し、別居後再就職したが、以前の3分の1以下の収入しかなく、これまでの貯金なども結婚費用として450万円弱費消していたことから、500万円の慰謝料を認めた例。財産分与はなし(京都地判平2.6.14判時1372号123頁)
・妻が男性に触れられると気持ちが悪いといい、性交渉を拒否した結果、けんかが絶えず破綻した事案で、妻について慰謝料150万円を認めた例(岡山地津山支判平3.3.29判時1410号100頁)
離婚後扶養と慰謝料
・夫婦の信仰上の問題から婚姻が破綻し、一方に有責性があるとはいえない事案で、妻が結婚退職し、別居後再就職したものの、月7万円の収入にとどまるのに対して、夫は会社の経理部長で約1000万円の年収があることから、夫について慰謝料100万円を認めた例。財産分与はなし(東京高判昭58.9.20判時1088号78頁)
・双方の責任で破綻し、有責性の程度に差異はないが、離婚によって受ける肉体的・精神的打撃の程度に相当の開きがあるとして、夫について慰謝料15万円を認めた例。夫の月収の6か月分に相当します(大阪地判昭42.2.13判時490号70頁)
これらは、慰謝料に離婚後扶養的な機能をもたせています。ただし、離婚後扶養としての財産分与とした方が、理論的にはすっきりします。
判例23 東京高裁平成元年11月22日判決
東京高裁平成元(1989)年11月22日判決(家月42巻3号80頁;判時1330号48頁)
【不貞行為につき高額の慰謝料が認められた事例】
事実
判例9参照。
判旨
慰謝料の金額について、妻は破綻の原因を作出していないのに、自己の意思に反して強制的に離婚させられ、夫が不貞の相手方であるA子と法律上の婚姻ができる状態になることは、妻に多大の精神的苦痛を与えることは明らかであるとしました。
また、夫がA子と生活して2人の子どもも生まれ、一家によって会社を経営し、相当程度の生活を営んでいること、一方、妻は実兄の家に身を寄せ、今日まで単身生活を送ってきたこと、その他一切の事情を斟酌すると、妻の精神的苦痛を慰謝するには1500万円をもって相当としました。
さらに、本件記録にあらわれた一切の事情を考慮すると、生活費にかかわる財産分与として、夫に1000万円の支払いを命ずるのが相当であるとしました。
コメント
有責配偶者の離婚請求に関する大法廷判決の差戻審です。慰謝料1500万円のほかに、財産分与として、離婚後扶養を中心に1000万円が認められています。
妻が高齢で一人身であることや、夫の資力が、高額の慰謝料の要因になったと思われます。
判例24 大阪高裁平成12年3月8日判決
大阪高裁平成12(2000)年3月8日判決(判時1744号91頁)
【離婚訴訟において、夫の暴行による障害によって生じた入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、逸失利益等の計1713万円の損害賠償が併合審理され命じられた事例】
事実
夫婦は1971年(昭46)に婚姻しました。
夫は船員として長期間留守にするため、妻に家庭内の一切を任せていました。妻にややルーズなところがあり、夫は暴力で自分の言うことに従わせる傾向がありました。
その後、夫はますます暴君となり、1995年(平7)3月、妻を一本背負いで投げ飛ばしたうえ、顔面、頭部、腰等を何回も蹴る、殴るなどしました。妻はこれにより、鎖骨を骨折し、腰椎椎間板ヘルニアの傷害を負いました。
判旨
入通院慰謝料100万円、後遺障害慰謝料500万円、後遺障害による逸失利益1113万5023円、合計1713万5023円のほか、本件暴行を除く離婚に伴う慰謝料として350万円、財産分与2300万円の支払いを夫に命じました。
また、「夫婦間の暴行が、その原因において、相手方が暴力行為を挑発したなどの特段の事情がある場合は格別、単に夫婦関係があることのみから損害額を低く算定すべきであるとはいえない」としました。
コメント
夫の暴行による損害賠償を、離婚慰謝料と別個に認めたことによって、高額の賠償額となりました。
なお、旧人事訴訟手続法7条2項の「訴の原因たる事実によりて生じたる損害賠償請求事件」として併合訴訟が認められるかという問題もありましたが、立法的に解決されています。(人訴17条1項)
慰謝料が否定された例
違法性がない場合
・破綻原因が妻の情緒不安定で衝動的な行動を繰り返したことにあっても、それが妻の精神病質または未成熟性の性格によるもので、倫理上・道義上の非難の対象となりえないとして、夫からの慰謝料請求が否定された例(東京高判昭51.8.23判時834号59頁)
有責性がない場合
・妻が夫婦げんかから実家に戻り、夫からの再三の帰宅の懇請に応じず、嫁入道具・子どもの産着などの引渡しの仮処分の実行などを行った事案で、妻からの慰謝料請求について、精神的苦痛を被ったとしても、それは自ら求めたことであるとして請求を否定した例(横浜地川崎支判昭46.6.7判時678号77頁等)
双方の有責性の程度が同等である場合
・夫は暴力を振るい、妻には不貞行為がある事案で、双方の慰謝料請求を否定した例(東京地判昭55.6.27判夕423号132頁)
・宗教活動の行き過ぎという点で妻の有責性は大きいが、夫にも暴力などがある事案で、慰謝料請求を否定した例(仙台地判昭54.9.26判夕401号149頁)
・熟年離婚で、妻の主張する夫の不貞は認められず、妻の借財・浪費は妻のみを非難することもできないとして、双方からの慰謝料請求を否定した例(東京地判平12.9.26判夕1053号215頁)
不貞と破綻の間に因果関係が認められない場合
・婚姻が、夫の不貞以前にすでに破綻していた事案で、慰謝料請求が否定された例(東京地判昭63.10.12鈴木60頁)
すでに損害が填補されている場合
・妻の不貞行為により破綻したが、夫は妻の不貞の相手方からすでに1000万円の慰謝料を得ており、破綻による精神的苦痛は慰謝されているとして、慰謝料請求が否定された例(東京地判昭61.12.22判時1249号86頁)
不貞行為は、配偶者と相手方の共同不法行為であり、両者の慰謝料支払義務は、同額の範囲で不真正連帯債務の関係にあります。
・暴力があり、酒乱、勤労意欲の欠如がみられる夫に対し、妻が無理やり離婚同意書に署名させたという事案で、妻にも責任の一端があるとして、離婚が成立したことによって精神的苦痛は慰謝され、慰謝料支払を命じないとした例。異例の事案です(東京地判昭60.4.26家月38巻9号90頁)
実務の指針
離婚慰謝料は、離婚を強いられた者の精神的苦痛を癒すとともに、破綻の責任の所在を明らかにする役割を持ちます。
また、婚姻法上の義務や婚姻の倫理を明確にしたり、財産分与の不十分さを補い、離婚後の生活を補償したりする役割を果たしているともいえます。
ただし、判例において、精神的苦痛の中身が十分検討されているわけではありません。
学説は、離婚による社会的評価の低下、結婚生活に対する期待感の侵害、将来の生活不安、子を手放すことによる心痛、生活上のわびしさなどをあげます。(瀬川信久「判批」法協91巻1号177頁、大津91頁)
しかし、離婚観が変化し、離婚を悪とする価値観は薄れつつあります。
財産的な面での期待感や生活不安は、離婚後扶養も含めた財産分与の中で解消することができるはずです。
子どもの親権・監護権を得られなかったことについては、離婚後の親子関係の構築の問題であり、これも本来、慰謝料の対象とすべきではないでしょう。
残るものは、人生のパートナーを失う淋しさや悲しさ、望まない離婚を強要されることに対する怒りや敗北感といった、純粋に精神的なものになります。
このように考えると、暴行・虐待、自己中心的な言動など、破綻原因となった個々の有責行為について、通常の不法行為と同様に慰謝料を認めることはともかく、離婚それ自体の慰謝料を認める必要があるか否かについては、根本的に検討する余地があります。
少なくとも、離婚を拒否する相手に対して離婚請求する場合、請求側は婚姻から解放され自由を得るため、離婚自体慰謝料は論理的にも問題があるのではないかという指摘があります。
有責性および慰謝料をめぐる紛争には、非難の応酬による信頼の破壊や、子の面会交流の障害要因を作るという大きな弊害が伴うことにも注意が必要です。
調停や裁判上の和解において、解決金あるいは和解金等と表示したり、慰謝料を請求しうる場合であっても、離婚後の生活援助を理由として離婚給付金の支払いを説得したりするのは、早期解決というメリットを得るほかに、前述のような弊害を回避しようとするためでもあります。
なお、離婚原因が民法709条の不法行為を構成するような場合、たとえば暴行、傷害、強姦、業務妨害等の違法行為については、離婚原因慰謝料の中に埋没させず、独立した損害賠償請求訴訟を併合して請求することにより、判例24のように、慰謝料が高額化することがあります。
個別不法行為の場合には、損害賠償請求権の消滅時効は、損害および加害者を知ってから3年です。(民724条)
ただし、夫婦の一方が他方に対して有する権利については、婚姻解消の時から6か月内は、時効が完成しません。(民159条)
そのため、この間に裁判上の請求などを行う必要があります。
不貞行為の相手方に対する慰謝料請求
判例の論理と傾向
不貞行為の相手方に対する慰謝料請求について、最高裁は、夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は、故意または過失がある限り、その配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか、両者の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫または妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるとしています。(最判昭54.3.30民集33巻2号303頁;判時922号3頁)
これは、民法709条の不法行為の一類型とされます。
離婚訴訟と併合請求することも可能です。(人訴17条1項)
その後、破綻と不貞行為の関係について、最高裁は、1996年(平8)3月26日、配偶者の一方と肉体関係を持った第三者は、「婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情がない限り、配偶者の他方に対して不法行為責任を負わない」としました。
その根拠について、不貞行為が他方の配偶者に対する不法行為となるのは、それが「婚姻共同生活の平和の維持という権利ないし法的保護に値する利益を侵害する」からであり、すでに破綻していた場合には、原則として、このような権利または法的保護に値する利益があるとはいえないからであるとしました。(判例25・171頁)
何を「破綻」とみるかについて、おおむね判例は、夫婦の別居が先行している場合に、破綻していたと判断する傾向があります。別居後に婚外関係が発生しても、第三者の不法行為責任は発生しないとする例があります。
ただし、離婚訴訟で離婚原因を判断する際には、別居が開始したからといって直ちに破綻していると評価されるわけではありません。そのため、離婚原因としての破綻と、不貞の相手方の不法行為責任を判断する際の破綻は、同じ意味ではないともいえます。
不貞行為によっても、夫婦が離婚や別居に至らなかった場合、つまり破綻にまで至らなかった場合にも責任が発生するかについて、判例は、慰謝料額を減額することはあっても、違法性を否定していないといえます。
学説には、前記判例25の論理からすれば、不貞によって配偶者の精神的平和が乱されたり、家庭内別居になったりしても、外形的な別居にまでは至らず、婚姻関係が修復され、何らかの夫婦の共同性を伴って維持されている限り、保護法益は何も侵害されていないとして、相手方の責任を否定することになるとする見解があります。(辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判夕1041号35頁)
このように解釈されるなら、いわゆる美人局やゆすり型の慰謝料請求を防ぐことができます。また、不貞の相手方女性が、妻からの慰謝料請求をおそれて、婚外子についての認知や養育費の請求をあきらめるという問題も、ある程度解決できます。
しかし、判例は、離婚や別居に至らなくても、不貞は他方配偶者に多大な精神的苦痛を与え、夫婦関係に深刻な不和をもたらすものとして、家庭の平和という法益を侵害したとみる傾向があります。
慰謝料については、公表判例では100万円から300万円の範囲内が多く、未公表判決ではもっと低いものもあります。
不貞行為の相手方に対する慰謝料の肯定例と否定例
慰謝料額の基準
慰謝料額は、違法性や損害の程度により異なります。
相手方と配偶者の年齢差、関係の発生または継続についての主導性、相手方の年齢、資力、夫婦関係が不貞行為により破綻に至ったか、相手方と配偶者の関係がすでに解消したか、不貞を行った配偶者自身の責任について免除しているか、請求する配偶者が未成熟子を監護しているか、請求する配偶者の側に不貞以前に夫婦間の不和について落ち度があったかなど、さまざまな事情が考慮されて金額が決定されます。
被告が男性である場合の方が、女性である場合よりも慰謝料額が高い傾向があります。
これは、これまでは男性の方が主導的役割を果たしている場合が多く、男性の方が一般に資力があり、相手方が女性の場合には、非婚で子をもうけて生活に困窮している場合もある、などの事情によるものです。
肯定例 夫の不貞
・夫と女性との交際が始まってから20年近く経ち、その間、夫は女性と肉体関係があることを妻に話したり、妻とこの女性を比べるような話をしていたが、夫婦間で話がこじれ、ついに夫が女性と同棲を始めた事案で、女性について慰謝料300万円とした例。妻は夫の同棲の差止めも請求しましたが、棄却されました(大阪地判平11.3.31判夕1035号187頁)
・妻が女性に1000万円の慰謝料請求をしたのに対して、当該関係は夫が主導したものであること、夫がこの女性に走ったことにつき、妻に落ち度や帰責事由がないかどうか疑義もあることなどから、150万円を相当とした例(横浜地判昭61.12.25判夕637号159頁)
・妻から女性に対して500万円の慰謝料請求をしたのに対して、夫が女性の上司であり、夫が主導的な役割を果たしたこと、妻は夫に対する請求を宥恕していると認められること、本訴提起の目的は不倫関係を解消させることにあり、目的は達せられたこと、女性が退職し実家に帰ったことによって関係は解消されたこと、夫婦関係は一応修復されていることなどから、50万円を相当とした例(前掲東京地判平4.12.10)
肯定例 妻の不貞
・男性が夫のいる女性と関係を持ち、再三の交際を止める旨の話し合いにもかかわらず交際を続け、男性は執拗にこの女性の家族に電話をかけ、庭先で女性の名を呼ぶなどした事案。さらに、男性は女性の夫婦関係を悪化させれば女性が自分のところに来るものと考え、夫の勤務先に、女性との性的関係を詳しく記載し、写真まで添付したはがきを10通送っており、現在、2人は同棲中であるという事案で、500万円という高額の慰謝料を認めた例。名誉毀損や嫌がらせ等の人格権侵害行為もあるため高額化しました(浦和地判昭60.12.25判夕617号104頁)
・妻が夫の経営する会社の従業員である男性と性的関係を持った事案で、一般論として、「合意による貞操侵害の類型においては、自己の地位や相手方の弱点を利用するなど悪質な手段を用いて相手方の意思決定を拘束したような場合でない限り、不貞あるいは婚姻破綻についての主たる責任は不貞を働いた配偶者にあり、不貞の相手方の責任は副次的なものとみるべきである」と述べ、当該ケースもこれにあたるとして、原審の認めた500万円の賠償額を200万円に変更した例。原審は欠席判決のため、異例の高額でした(東京高判昭60.11.20判時1174号73頁)
・10年以上夫と性的関係のない妻が、男性と知り合って4年後、性的関係を持ち、夫の抑止にもかかわらず男性と同棲するに至った事案で、夫から男性に対する100万円の慰謝料請求を認めた例。請求額は800万円および弁護士費用147万円でした(東京地判平10.7.31判夕1044号153頁)
否定例 破綻後の不貞である場合
最判平8.3.26(判例25・171頁)以前にも、婚姻関係が他の原因によってすでに破綻している場合には、不法行為責任を否定するものがありました。
たとえば、夫婦の間で子どもの結婚後に離婚するという話し合いがなされ、夫の単身赴任を機会に別居が始まった後で、夫が他の女性と仮祝言をあげて同棲生活に入ったという事案です。この女性は、妻の貞操請求権や家庭生活の平和を違法に侵害したとはいえないとされました。(東京高判昭60.10.17判時1172号61頁。その他、名古屋地判昭54.3.20判夕392号160頁、東京高判昭52.8.25判時872号88頁)
否定例 婚姻の平穏が害されなかった場合
古い判例の方が、この損害賠償請求を制限的にとらえようとした感があります。
たとえば、夫の不貞があっても円満な夫婦関係が維持され、妻も子も夫を宥恕し、夫は地域社会から格段の責めを受けていないこと、夫と相手方女性の責任は相等しいこと、相手方女性から夫に対する貞操侵害による慰謝料請求が棄却されたこと等の事情から、信義則・公平の観念に照らし、損害賠償債権の発生を認容するのは相当でないとした例があります。(山形地判昭45.1.29判時599号76頁)
否定例 夫の行為が第三者に対する強姦・性行為の強要である場合
夫が女性に暴行・脅迫を加えて関係を強要・継続した事案で、夫に全面的に責任があるとして、妻から女性に対する慰謝料請求を否定した例があります。(横浜地判平元.8.30判時1347号78頁)
セクシュアル・ハラスメントという概念が社会的に浸透していなかった時代の判例ですが、最初の関係は強姦によるものであり、相手方女性は被害者というべき事案です。
否定例 権利の濫用にあたる場合
妻から相手方女性に対する慰謝料請求について、妻が女性に対して、夫との夫婦仲が冷めており離婚するつもりである旨を話したことが不貞の原因になっていること、その後、不貞を知った妻が慰謝料の要求をするにとどまらず、夫の女性に対する暴力を利用してさらに金員を要求したことなどの事情を考慮し、信義則に反し、権利の濫用として許されないとした例があります。(最判平8.6.18家月48巻12号39頁)
不貞の慰謝料請求の消滅時効
不貞の慰謝料請求については、消滅時効がいつから進行するかという問題があります。
最高裁は、1966年(昭41)頃に夫の不貞が始まり、同棲に至り、妻から1987年(昭62)8月に慰謝料請求訴訟が提起され、同年12月まで21年間不貞が続いた事案で、次のように判断しました。
一方の配偶者が同棲関係を知った時から、それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行するとし、訴え提起日から3年前の1984年8月より前に同棲関係を知っていたのであれば、慰謝料請求権の一部はすでに時効により消滅したとして、原審を破棄し、差し戻しました。(最判平6.1.20判時1503号75頁)
これは、継続的不法行為の消滅時効に関する判例にしたがったものです。(大判昭15.12.14民集19巻24号2325頁)
つまり、配偶者が不貞行為または同棲を知った時から、それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行することになります。
これに対しては、精神的損害は不可分な損害であり、かつ蓄積されていくものだから、もし不貞の慰謝料を認めるのであれば、不法行為の継続が終了した時点、つまり離婚が成立した時点であるとの批判があります。(松本克美「判批」判時1518号1頁。ただし、松本説は不貞慰謝料否定説です)
しかし、判例25(171頁)について、婚姻破綻後の性的関係は不法行為にならないと解すると、たとえば、夫が不貞をして家を出て、その女性と同棲を始めたような場合、その女性の不法行為責任は同棲するまでの関係に限定されることになります。
そのため、すでに不貞の事実を知っているときには、夫の家出から3年以上経過すると、妻から女性への慰謝料請求権は時効消滅することも考えられます。
この論点に関する高裁判決があります。
夫と20年近く同棲している女性に対する妻からの慰謝料請求の事案で、原審は、不法行為を構成するのは婚姻が完全に破綻するまでの肉体関係に限定し、消滅時効が成立するとしました。
これに対して、控訴審は、離婚に至らせた女性の行為を不法行為としてとらえ、離婚が成立したときに初めて不法行為を知り、損害の発生を確実に知ったことになるとして、消滅時効は離婚判決確定時から進行するとしました。そして、200万円の慰謝料を認めました。(東京高判平10.12.21判夕1023号242頁)
控訴審は、女性が夫との間に子をもうけ、夫の実家に再婚した妻と称して入り込んだことなどに対し、原告妻が強い憎しみを抱いており、家庭を守るため離婚を最後まで望んでいなかったにもかかわらず、離婚をやむなくされたことに、深刻かつ多大な精神的苦痛を被ったとしました。
最判平6.1.20と判例25の理論の中で、配偶者の被害感情を満足させようとした解釈であるといえます。しかし、それは離婚をやむなくされたことによる慰謝料であり、不貞の慰謝料とはいいがたいという指摘があります。(橋本40頁)
裁判所は、保護法益が何なのかを、再度明示する必要があります。
配偶者との関係
配偶者に対する免除・求償
不貞行為は、配偶者の一方と相手方との共同不法行為です。
しかし、配偶者の責任を問わず、相手方の責任だけを追及することも少なくありません。
共同不法行為による損害賠償債務は、不真正連帯債務です。ただし、連帯債務に関する民法437条の免除の絶対的効力は適用されません。(最判昭48.2.16民集27巻1号99頁)
そのため、配偶者について損害賠償債務を免除し、相手方の責任だけを追及することは可能です。
不貞行為から離婚に至った妻が、相手方女性に300万円の慰謝料請求をした事案があります。
1審は、300万円の慰謝料を認めました。原審は、夫との離婚調停で「条項に定めるほか名目の如何を問わず互いに金銭その他一切の請求をしない」という条項は、共同不法行為による損害賠償債務について夫の負担部分を免除する意味を有し、女性のためにも効力を生ずるとして、慰謝料を150万円に減額しました。
しかし、最高裁は、判例・通説の立場から免除の絶対効を否定しました。本件では、女性に対して慰謝料全額を請求する意思があったといえ、女性に対する免除の意思は認められないとして、1審が正当であるとしました。(最判平6.11.24判時1514号82頁)
下級審には、破綻の危機により妻が被った精神的苦痛に対しては、「第一次的には配偶者相互間においてその回復が図られるべきであり、この意味でまず夫がその責任に任ずるべき」だとした例があります。
この例では、妻が相手方だけに請求していることを、夫に対する請求を宥恕しているものと評価し、請求額を大幅に減額して認容しました。500万円の請求に対し、50万円を認めています。
さらに、共同不法行為者の「いずれかが損害賠償債権を満足させる給付をすれば、他方は給付を免れ、給付をした者は他方に対して負担割合に応じて求償することのできる関係にある」と言及しています。この件では、夫の負担割合は2分の1以上と認められています。(東京地判平4.12.10判夕870号232頁)
この論理によれば、妻は相手方女性から慰謝料を得ても、女性から夫に対して求償請求があれば、夫婦の財産関係からみると、妻が女性から得た金額は実質的にさらに半分以下に減ることになります。
求償請求を肯定することは、夫婦関係が継続している限り、結果的に免除の絶対的効力を認めるに等しい面があります。
不貞行為の場合、被害配偶者の側からは、配偶者に対する感情と相手方に対する感情には差異があり、相手方の慰謝料が減じられることは本意ではないかもしれません。
しかし、不貞行為は、配偶者と相手方によって初めて成り立つ共同不法行為です。配偶者を免除するのであれば、相手方の責任も軽減されるのは当然ではないかという考え方があります。
