離婚調停の裏側

離婚には、お互い同意していました。子どもは成人しています。夫婦でいる意味は、もう失われていました。

離婚の話、財産の話になると止まりました。何も決まらないまま時間だけが過ぎました。離婚後の生活を考え、どこから手をつければいいか分からなくなりました。

喧嘩したいわけではありません。ただ、私のこれまでの話を聞いて、自分の側に立ってくれる人が欲しかった。調停なら、私のことを分かってくれて、その権威で夫を説得してくれると期待しました。

離婚で重かったことは、財産分与というより、自分で終わらせられないということでした。誰かが間に入って、整理して、誰かが自分の代わりに話を進めてほしかったのです。そして、そのまま調停になりました。

調停の日、部屋は二つに分かれていました。夫とは顔を合わせませんでした。調停委員が交互に話を聞きました。夫はあらかじめ書類を提出していました。話し合いは、その書類を起点に進んでいきました。

言いたいことは多分言えました。でも、ただ話したことは流れていきました。調停委員は手元の紙を見ながら話を続けました。書かれているものが、部屋の中では現実でした。思っていた場所と違っていました。

味方になってくれる場所。
夫を説得してくれる場所。
自分の代わりに決めてくれる場所。
そうではありませんでした。

条件には不満でした。でも裁判は考えられませんでした。
弁護士を依頼する費用も不安でした。
離婚は成立しました。調停調書が作られました。

調停が終わった後、何かを置いてきたような感覚が残りました。

問題は、調停で負けたと感じたことではありませんでした。
私は調停に期待しました。でもそうなりませんでした。

言葉は流れます。書かれていないものは残りません。残るのは、形になったものです。書かれたものだけが、その後も残ります。

名もなきものは漂います。
名を持つことで鎮まります。
書が、それを綴じる。

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