養育費の話でした。
離婚した当時、相手は仕事が安定していませんでした。
「今は払えないけど、落ち着いたら払う」
その言葉を前提に、金額も期間も決めずに離婚が成立しました。
書面は作りませんでした。
「向こうにお金がないんです。今は無駄かなと思っていました」
その時点では、それで一区切りついた気がしていました。
数年が経ちました。
ある日、相手が再婚したことを知りました。
知人から聞いた話でした。
その瞬間、何かが動いた感覚があったそうです。
「お金のことを考える前に、別のことを考えていました」
少し間を置いてから、続けました。
「あの人には、新しい生活があるんだ、と」
「私の方は、まだ何も決まっていないままなのに、と」
養育費のことで連絡を取りました。
返ってきたのは、こういう内容でした。
当時の事情と、今の生活は違う。
今すぐ安定した支払いは難しい。
その言葉を読んだとき、ある感覚が戻ってきたそうです。
「あの時と同じだ、と思いました」
「今は無理。落ち着いたら」
何年も前に聞いた言葉と、同じ言葉でした。
「あの時の話を、最初からもう一度することになるんだと分かったとき」
その方は言いました。
「お金のことより先に、何かが込み上げてきました」
少し考えてから、続けました。
「あの時、ちゃんと話せなかったことが、また目の前に出てきた感じがしたんです」
「あの頃の自分が、また戻ってきたみたいでした」
何が決まっていたのか。
金額も、開始時期も、支払いの前提も、固定されていませんでした。
残っていたのは「状況が整ったら」という前提だけでした。
その「状況が整ったら」は、その方の中で、何年も保留のまま置かれていました。
保留にしていたつもりでも、なくなってはいませんでした。
相手が再婚したという知らせが、その保留に触れたのです。
確定していなかったのは、お金の取り決めだけではありませんでした。
離婚したときの気持ちも、確定していませんでした。
「もう終わったこと」のつもりでいた感情が、再交渉という形を取って、もう一度現れました。
「最初は、養育費の話だと思っていました」
その方は言いました。
「でも、実際に連絡を取ってみたら、当時の感じが一気に戻ってきました」
少し間を置いてから、続けました。
「あの時に、せめて金額だけでも書面にしておけば」
「お金の話だけで済んだのかもしれません」
書面がない約束は、お金の問題だけを保留にしているわけではありません。
その約束に紐づいた感情も、一緒に保留になります。
状況が変わって約束が動き出すとき、その感情も一緒に動き出します。
何年も前のことのはずなのに、最初の時と同じ重さで戻ってきます。
「今後、養育費をちゃんと支払ってくれるかは、正直まだ分かりません」
その方は言いました。
それでも、今回は金額と期日を、書面に残すことにしました。
「これで、もし次に何かあっても」
少し考えてから、続けました。
「お金の話だけで済むようにしておきたいんです」
確定していない約束は、感情と一緒に保留されます。
何年経っても、状況が動けば、両方が同時に戻ってきます。
確定させることは、お金の話を、お金の話だけにすることです。
そのために、書があります。
名もなきものは漂います。
名を持つことで鎮まります。
書が、それを綴じる。
