「財産分与の話になると、いつも揉めるんです。」
その方は、そう言いました。
「だから進まないんです。」
「お金の問題だから仕方ないんです。」
そう思っていたそうです。
家のこと。
預金のこと。
保険のこと。
話を始めるたびに、言葉が強くなりました。
「そんなに欲しいのか。」
「そっちこそ。」
また時間が過ぎる。
また同じことを繰り返す。
「金額が決まれば終わる。」
そう思っていました。
でも、ある日、こんな言葉が出ました。
「財産分与の話をしていると、昔のことを思い出すんです。」
「私ばかり我慢してきた気がして。」
「あの人は、何も分かってくれなかった。」
少し間を置いてから、続けました。
「もしかしたら、認めてほしかっただけなのかもしれません。」
その言葉が残りました。
お金の話をするたびに、昔の不満が出てきていました。
でも、それはお金が原因ではありませんでした。
苦しんできた時間を、相手に認めてもらいたかった。
謝ってほしかった。
分かってほしかった。
間違っていたと言ってほしかった。
でも、その言葉は来ませんでした。
だから、お金の話になるたびに、その言葉の代わりを求めていました。
多くもらえれば、証明になる気がしていました。
金額が大きくなれば、苦しんできたことが認められる気がしていました。
「金額の問題だと思っていました。」
「でも、違ったんです。」
「終わり方が分からなかったんです。」
「どう終わればいいのか、二人とも分からなかったんです。」
苦しんできた時間に、値段はつきません。
お金が決まっても、認められたことにはなりませんでした。
だから、金額が決まるたびに、また別の不満が出てきていました。
終わり方が分からないまま、お金の話をしていたのです。
住まいのこと。
財産分与のこと。
年金分割のこと。
今決めること。
後で決めること。
決めなくていいこと。
一つずつ分けていきました。
後になって、その方が言いました。
「もっとお金があれば解決すると思っていました。」
「でも、そうじゃなかったんですね。」
「いくらにするかより、どう終わるかだったんですね。」
少し間を置いてから、こう続けました。
「認めてもらうことと、終わることは、別のことだったんですね。」
財産分与で揉めているとき、お金が問題ではないことがあります。
認めてほしかった。
分かってほしかった。
その言葉が、金額の交渉に乗り移っていることがあります。
でも、認めてもらうことと、終わることは別でした。
終わりを形にする。
そのために、書があります。
名もなきものは漂います。
名を持つことで鎮まります。
書が、それを綴じる。
