夜のうちに家を出たそうです。
子どもを起こして、着替えだけ持って。
実家に向かいました。
周りから見れば、離婚は決まったように見えていました。
「よく逃げたね。」
「もう安心だね。」
そう言われたそうです。
でも、その方は安心していませんでした。
学校の連絡。
子どもの送り迎え。
仕事。
生活費。
毎日を回すことで精一杯でした。
離婚の話どころではありませんでした。
相手から連絡が来る。
返事をする。
また連絡が来る。
何も決まりません。
時間だけが過ぎていきました。
ある時、こんな言葉が出ました。
「逃げることしか考えていなかったんです。」
「出れば終わると思っていました。」
「でも、終わっていませんでした。」
家を出たことと、離婚が終わることは別でした。
安全な場所へ移ることはできました。
でも、養育費のこと。
財産分与のこと。
子どものこと。
これからの連絡のこと。
何も決まっていませんでした。
だから、一つずつ整理しました。
養育費。
財産分与。
親子交流。
今後の連絡。
すぐにはまとまりませんでした。
話し合いだけでは決まりませんでした。
調停になりました。
時間はかかりました。
それでも、一つずつ決まっていきました。
後になって、その方が言いました。
「やっと終わった気がします。」
「家を出た日じゃなかったんですね。」
「終わったのは、決めることを決めた日だったんですね。」
逃げることが、生きるために必要なときがあります。
でも、終わらせることとは別でした。
そのために、書があります。
名もなきものは漂います。
名を持つことで鎮まります。
書が、それを綴じます。
