配偶者の病気や障害は、それだけで直ちに離婚原因になるわけではありません。
裁判では、病気の内容、回復の見込み、夫婦関係の破綻の程度、これまでの看護や介護の状況、離婚によって相手が過酷な状況に置かれないかなどが見られます。
病気があることだけを理由に離婚を認めるのではなく、夫婦としての協力関係が失われているか、離婚後の生活や療養が確保されているかが問題になります。
なお、以下の裁判例には、旧民法770条1項4号が存在していた時期の判断が含まれます。
2026年4月1日施行の民法改正により、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」という規定は削除されています。
現在は、病気や障害そのものを独立した離婚原因として見るのではなく、「婚姻を継続し難い重大な事由」があるかどうかの中で判断されます。
病気や障害をめぐる判断例
| 事例 | 別れたい理由 | 別れない理由・反論 | 判断の要点と結果 |
|---|---|---|---|
| 1 | 夫の暴力。妻が離婚を求めた | 夫は、身体に障害があり介護が必要であること、妻の理解不足、妻の男性交際などを主張した | 破綻の程度と有責性が問題となった。第1審は妻の請求を棄却したが、控訴審は、夫に自省の跡が見られないとして妻の離婚請求を認めた。東京高裁平成8年7月30日判決・判例時報1577号92頁 |
| 2 | 妻が失外套症候群により植物状態となり、回復の見込みがないとして、夫が離婚を求めた。昭和51年婚姻、昭和56年発病、平成5年禁治産宣告 | 妻が禁治産者であったため、後見監督人が被告となった。妻の生活、治療、看護の手当てが問題となった | 破綻の程度と、離婚により妻が過酷な状況に置かれるかが問題となった。夫は長年妻の治療等に誠意を尽くしており、妻は植物状態になって4年が経過し回復の見込みがなく、夫は妻を過酷な状況に置かない配慮を示し、子どもたちの養育にも不都合がないとして、離婚請求が認められた。一時金300万円、終生月額5万円の支払いも定められた。横浜地裁横須賀支部平成5年12月21日判決・判例時報1501号129頁 |
| 3 | 妻が難病である脊髄小脳変性症に罹患し、家事や育児に支障があるとして、夫が離婚を求めた。昭和47年婚姻、昭和62年診断、子ども2人 | 妻は、夫の主張を争った | 破綻の程度と、離婚により妻が過酷な状況に置かれるかが問題となった。第1審は離婚請求を認めたが、控訴審は請求を棄却した。妻は日常生活にも支障を来す状態にあったが、知能障害は認められず、日常生活の役に立たないという理由だけで妻の座から去らせることはできないとされた。名古屋高裁平成3年5月20日判決・判例時報1398号75頁 |
| 4 | 妻がアルツハイマー病とパーキンソン病に罹患しているとして、夫が離婚を求めた。判決時、夫42歳、妻59歳。昭和46年婚姻、昭和58年アルツハイマー病の診断 | 後見監督人である弁護士が応訴した。アルツハイマー病は民法770条1項4号の強度の精神病には当たらず、妻の扶養確保が離婚の前提であると主張した | 精神病該当性、破綻の程度、責任の所在が問題となった。民法770条1項4号の強度の精神病に当たるかは疑問があるとしつつ、長期間にわたり夫婦間の協力義務を果たせず、破綻は明らかであるとして離婚請求が認められた。長野地裁平成2年9月17日判決・判例時報1366号111頁 |
| 5 | 夫の不貞と、交通事故による脳挫傷等により夫が身体障害者等級1級となったことを理由に、妻が離婚を求めた。婚姻期間約9年 | 夫は、不貞は許されていること、身体障害者で介護が必要であることを主張した | 破綻の程度と責任が問題となった。夫の不貞の事実を妻が許したとは認められず、夫には介護が必要であったが、妻および妻の両親への思いやりがないとして、妻の離婚請求が認められた。慰謝料300万円、財産分与300万円も認定された。大阪地裁昭和62年11月16日判決・判例時報1273号82頁 |
| 6 | 妻が統合失調症であるとして、夫が離婚を求めた。昭和37年に知り合い、昭和40年婚姻、子ども3人。夫は教師 | 妻は、人格的変化の少ない妄想型であり、完全治癒の可能性があるとされた。また、夫にいたわりや思いやりがないことも問題とされた | 民法770条1項4号の強度の精神病に当たるか、婚姻関係が破綻しているかが問題となった。妻の病状は強度の精神病には当たらず、妻は夫や子どもらとの生活を希望しており、婚姻を継続しがたいとはいえないとして、夫の離婚請求は棄却された。東京地裁昭和59年2月24日判決・判例時報1135号61頁 |
| 7 | 妻が統合失調症と性格面の問題を抱え、自己中心的、享楽的で、家事が不得手であるとして、夫が離婚を求めた。夫は有名国立大学卒、妻は美大卒。ダンスパーティーで知り合った | 妻は、夫が有能である一方、妻の家事、書く文字、化粧などまで批判し、不貞もあると主張した | 民法770条1項4号の強度の精神病に当たるか、破綻の原因がどこにあるかが問題となった。第1審は夫の請求を棄却したが、控訴審は離婚請求を認めた。民法770条1項4号には当たらず、夫の不貞は破綻後であり、破綻原因は自己中心的、享楽的、家事不得手の妻にあるとされた。妻の実家から援助されていることも踏まえ、財産分与は1000万円とされた。東京高裁昭和57年8月31日判決・判例時報1056号179頁 |
| 8 | 交通事故による夫の身体障害を理由に、妻が離婚を求めた | 夫は、婚姻の維持は可能であり、両者の愛情は枯死していないと主張した | 婚姻関係の破綻の程度が問題となった。第1審は妻の請求を棄却したが、控訴審は離婚請求を認めた。夫の妻に対する愛情は察するに余りあるが、妻に犠牲を強いる結果になりかねず、妻が夫婦関係継続の意思を喪失していることにより婚姻関係は破綻しているとされた。子の親権者は妻とされた。東京高裁昭和52年4月13日判決・判例時報857号77頁 |
| 9 | 妻が強度の精神病であるとして、夫が離婚を求めた | 妻側は、病気は軽快しており、精神病であることだけで離婚理由があると考えるべきではないと主張した | 民法770条1項4号の「強度の精神病」の解釈が問題となった。最高裁は、回復は予想しがたいとしつつ、精神病であることだけを理由に離婚を認めたものではないとした。妻には婚姻当初から性格の変化や異常な行動があったとして、離婚請求が認められた。最高裁昭和45年11月24日判決・判例時報616号67頁 |
| 10 | 妻の膣炎による異常な臭気を理由に、夫が離婚を求めた | 妻は、結婚は女性の一生をかけたものであり、肉体的欠点だけを捉えた夫が反省すれば幸福な結婚生活を送れると主張した。また、夫に不貞があると主張した | 破綻の程度と責任が問題となった。夫は享楽的で、妻は保守的であるなど、性格面に離反要因があり改善は容易ではないとされたが、妻の病気が治癒した後も夫が過大にこれを責めることは世上例を見ないとして、夫の離婚請求は棄却された。広島地裁昭和47年11月27日判決・判例時報548号90頁 |
病気を理由に離婚が問題になる場合
病気や障害がある場合、裁判では病名だけで判断されません。
見られるのは、次のような事情です。
病気の内容
回復の見込み
日常生活への影響
夫婦間の協力関係
これまでの看護や介護の状況
子どもの養育への影響
離婚後の療養や生活の確保
離婚により相手が過酷な状況に置かれないか
婚姻関係がすでに破綻しているか
同じ病気や障害でも、離婚が認められた例と認められなかった例があります。
病気そのものではなく、夫婦関係の実態と、離婚後の相手の生活への配慮が重要になります。
病気や障害と離婚原因
2026年4月1日施行の民法改正により、旧民法770条1項4号の「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」という規定は削除されました。
そのため、現在は、精神疾患そのものを独立した離婚原因として扱うのではなく、夫婦関係が破綻し、「婚姻を継続し難い重大な事由」があるかどうかの中で判断されます。
病気や障害があることだけで、直ちに離婚が認められるわけではありません。
裁判では、病気の内容、回復の見込み、夫婦関係の実態、これまでの看護や介護の状況、離婚後の生活や療養への配慮、相手方が過酷な状況に置かれないかなどが見られます。
過去の裁判例には、旧民法770条1項4号を前提に判断されたものがあります。ただし、現在の記事では、これらをそのまま現在の条文説明として扱うのではなく、病気や障害が婚姻関係の破綻判断でどのように考慮されてきたかを示す参考例として読む必要があります。
病気の配偶者を支える義務との関係
夫婦には、互いに協力し扶助する義務があります。
そのため、配偶者が病気になったことだけを理由に、すぐ離婚が認められるわけではありません。
裁判では、病気になった配偶者をこれまでどのように支えてきたか、今後の療養や生活をどうするかも見られます。
一方で、長期間にわたり夫婦としての協力関係が失われ、回復の見込みがなく、離婚後の療養や生活に配慮がある場合には、離婚が認められることもあります。
病気を理由にした離婚では、「支えたくないから別れる」というだけでは足りません。
夫婦関係が破綻していることと、離婚後に相手を過酷な状況に置かない配慮が問題になります。
まとめ
病気や障害は、それだけで離婚が認められる理由になるわけではありません。
裁判では、病気の内容、回復の見込み、夫婦関係の破綻状況、これまでの看護や介護、子どもの養育、離婚後の生活や療養の確保などが総合的に見られます。
病気がある配偶者から離れたいという事情があっても、相手の生活や治療をまったく考えずに離婚を求めることは難しくなります。
一方で、夫婦としての協力関係が長期間失われ、回復の見込みがなく、離婚後の生活への配慮もされている場合には、離婚が認められることがあります。
病気をめぐる離婚では、感情だけで判断せず、病状、生活状況、介護、子ども、離婚後の費用、支援体制を整理することが大切です。
