智子さんのお話

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智子さんは、56歳。長崎市内に住んでいます。夫は58歳で、長男です。近くで一人暮らしをしている義母は82歳です。

義父が亡くなったのは、5年前です。

智子さんは、結婚した時から、義母とよく話していました。ご近所のこと、お料理のこと、お庭の花のこと。お茶を飲みながら、何時間でも話しました。

夫の妹は、福岡に住んでいます。お盆とお正月に、たまに帰ってきます。

義父の葬儀の日、夫の妹は、智子さんにこう言いました。

「お義姉さん、母のこと、よろしくお願いします。私、福岡で、なかなか帰れませんから。」

智子さんは、「はい、わかりました」と答えました。

私は、本当の娘じゃない

義母の日常のほとんどを、智子さんが支えることになりました。通院の付き添い、買い物、薬の確認、食事の準備。最初は、できる範囲で手伝っているつもりでした。

ただ、頭の片隅には、ずっと同じ思いがありました。

「私は、長男の嫁だから。」

義母のことを大切に思っていないわけではありません。それでも、自分は義母の実の娘ではありません。いくら近くで動いていても、その事実は消えませんでした。

智子さんの中には、言葉にしにくい思いがありました。

「私は、本当の娘じゃない」

通帳を預かるようになって、3年

義母は、薬の飲み忘れや買い物の重複が増えてきました。冷蔵庫には、同じ食材がいくつも入っていることがありました。少しずつ、身の回りのことが一人では難しくなってきたのです。

夫が、義母名義の通帳を管理することになりました。ただ、実際に確認して動くのは、智子さんです。通院の付き添い、薬の受け取り、買い物、支払い。平日の日常は、ほとんど智子さんが抱えていました。

病院代、薬代、介護用品、食費。支払ったものは、レシートや領収書を見ながら、ノートに記録しました。後で「不透明」と言われないように、できるだけ残しておきました。

義母は、智子さんに何度も言いました。

「智子さんが来てくれると、助かるわ。」

「なんでもおっしゃってください。」

智子さんは、そう答えました。悪気はないと思いながらも、義母の言葉を聞くたびに、胸が締めつけられることがありました。

福岡にいる夫の妹から、時々確認の連絡がきました。

「母のお金のこととか、ちゃんとしてますか?」

智子さんは、「ええ、大丈夫よ」と答えました。悪いことは何もしていません。それでも、電話を切ると、胸の奥に小さな不安が残りました。

ある夜、智子さんは、ノートと領収書を前にして考えました。

「お義母さんが亡くなった時、私はちゃんと説明できるだろうか。」

勝手に使ったわけではありません。義母のために支払い、ノートにも記録してきました。それでも、血が繋がっていない嫁が、義母のお金に関わってきたのです。

その夜、智子さんは、検索窓に文字を打ち込みました。

「義母 介護 嫁 お金 説明」

義母と一緒に、書面を整える

無料相談のあと、智子さんは夫に話しました。

夫は、しばらく聞いていました。そして、こう言いました。

「智子に全部任せるよ。」

その言葉を聞いて、智子さんは何も言いませんでした。今までも、実際に動いてきたのは自分です。今回も、そうなるのだと思いました。

智子さんは、義母と一緒に、木下行政書士事務所の老後資金シミュレーション相談を受けることにしました。木下行政書士が、義母の自宅を訪ねました。

智子さんは、通帳、請求書、領収書、支払いを記録したノートを見せました。

木下行政書士は、こう言いました。

「今やっておいた方がいいことがあると聞きまして……」

義母は、少し遠慮がちに、そう話しました。

木下行政書士は、義母と智子さんに説明しました。今のうちに、義母の意思を確認しておくこと。誰が支払いを確認し、何を記録するのかを見える形にしておくこと。必要な契約書を、公正証書として残しておくこと。

木下行政書士は、智子さんのノートを見て言いました。

「智子さんは、頑張り屋さんで、私が困った時に、ずっと近くにいてくれるんですよ。」

義母は、智子さんの方を見ながら、そう言いました。

智子さんは、少し困った顔をしました。

「いえ、それは……私にできる範囲のことですから……」

すると、義母は静かに言いました。

「智子さんが困らないように、書面に残しておきたいです。」

智子さんは、義母の顔を見つめていました。30年以上、嫁として、義母のことを支えてきました。その間、ずっと、頭の片隅に「私は、本当の娘じゃない」という思いがありました。

義母は、最後にこう言いました。

「いつも、ありがとうね。」

智子さんは、すぐには言葉を返せませんでした。

書面が、形になる

書面が、形になりました。

財産管理等委任契約。任意後見契約。支払いの記録。義母の意思と、これまでのお金の流れを、後で説明できる形にしました。

書面のコピーは、夫の妹にも送りました。

夫の妹から、電話がかかってきました。

「お義姉さん、ちゃんとしてくれたんですね。母のこと、ありがとうございます。」

丁寧な言葉でした。ただ、その言葉を聞いても、智子さんの心が大きく晴れたわけではありません。

それでも、説明できる形がある。それだけで、智子さんの胸の奥が少し軽くなりました。

智子さんは、今

それから、半年が経ちました。

通帳預かりは続いています。義母の世話も続いています。ただ、誰が確認し、誰が支払い、何を記録しているのかを、家族に説明できる形ができました。

夫の妹から、時々電話が来ます。

「お義姉さん、母の様子はどうですか?」

智子さんは、「分かりました」と答えます。

智子さんと夫の妹の関係が、急に近くなったわけではありません。義母の世話が軽くなったわけでもありません。ただ、智子さんの頭の片隅から、「後で何か言われるのではないか」という不安が、少しずつ離れていきました。

智子さんは、長年やめていた読書会に、また通うようになりました。近所の図書館で、月に一度、好きな本の話をしています。

自分がやるしかなかった。役割があった。でも、少しずつ形ができてきた。

義母を大切にすること。自分の時間を持つこと。その二つを、どちらか一つにしなくてもよいのだと、智子さんは少しずつ思えるようになりました。

智子さんは、それで十分でした。